カテゴリ:ろうそく集会(デモ/文化祭)( 31 )

合法と違法

労働節とデモ1周年記念式で強硬鎮圧を行った警察が、去る2日夜、ある日本人男性観客を拘束し理由もなく殴打したことが明かされた。この日本人観光客は自分が韓国人ではないということを数回訴えながら戦闘警察バスへの強制搭乗を拒否したが、戦闘警察に「外国人のふりをする」といわれ軍靴で蹴られた。

また、彼は強制連行される過程でカバンなどの個人所持品をなくしたが見つけられなかった。日本大使館のある関係者も「そんな事実があったことを知っている」と話したが、「この事件にどう対応するつもりか」という質問に対しては「ノーコメント」で通した。(中略)ペク氏によると連行の当時、現場には20余命の市民が集まっていた。この場にはデモをしていた人、外国人観光客、知人と飲み会を終えて帰宅しようとしていた市民などが大勢いた。

ところでいきなり戦闘警察100名以上が走ってきては「こいつら全部捕らえろ!」といって市民たちを連行し始めた。抵抗する人々はその場で殴打を受けた。ペク氏は「当時、警察は道路にいた人々は放っておいて、階段にいた人だけを連れていった」といい、「ミランダ原則の告知などもなかった」ことを証言した。ペク氏は戦闘警察4名に囲まれて連れて行かれ、連行の現場から150メートルほど離れたミョンドンホテル付近の戦闘警察バスへと連れて行かれた。連行されていた途中、この日本人観光客は日本語で「自分は外国人」と抗弁したが後からはたどたどしい英語で「foreigner」だとも叫んだ。しかし戦闘警察は聞こえないふりだった。

この日本観光客は戦闘警察バスへの強制搭乗を拒否した。しかし戦闘警察が「外国人のふりをするな!**やろう」といい、軍靴で太ももを3~4回強く蹴った。結局、この日本人観光客は泣き顔でバスに乗るしかなかった。ペク氏は「どう見ても外国人のようだ」と話したが戦闘警察はなりふり構わなかったという。後で英語ができる先任兵が現れ「パスポート」と話すと日本人観光客は自分の旅券を出して見せた。ペク氏は「彼が旅券を見せると戦闘警察たちはとても当惑しているようだった」といい「いきなり親切な態度を取ってから、上部へ何かを報告していた」と話した。この日本人観光客は「連行される中で赤いかばんを落とした」と抗議したが「それは仕方ない」という返答しか返ってこなかった。警察は夜11時20分ごろ、日本人観光客を新世界デパート付近に捨てるように降ろしてから、バスに連れてこられた韓国人11名を九老警察署へ連れて行った。

ペク氏は「警察はこれといった物証もなく4日の夜8時30分まで、約46時間の間、私を留置場に閉じ込めて調査した」「唯一の証拠は、デモ現場付近に立っている私の姿を撮った'採証写真'だった」と話した。ペク氏は「監禁途中、私たちの社会の民主主義が危険に陥っていることが実感できた」といい「インテリア工事をしていて手袋をしていたという理由だけで、石を投げた嫌疑でつれてこられたおじさんがいた、彼の仲間が戦闘警察バスの中にまできて事実確認をしてくれたが、警察署につれていかれ、不拘束扱いで解放された」と伝えた。(記事原文:オーマイニュース)

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by no_kirai | 2009-05-07 14:52 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

2009年のキャンドル集会は成功できない



すべてはイミョンバクのせいか?


ろうそくは消えた。ずっと昔に。もはやそれを否定できる人はいないと思える。「鶏バスツアー」や「昭博山城」などのユーモアを作り出したその熱気は消え、その場に残ったのは、恐ろしい車が疾走する冷たいアスファルトだけだ。街は再び日常へ席を譲り、人々はすべて自分の居場所へと戻った。この事件の終結に対するいろんな後日談が、1周年を迎えようとする頃に雲ができるように浮かび上がるのを目撃するのも当たり前だ。それだけろうそくは、結果はどうであれ、もう一度振り返ってみるべき意味を刻んでおいたといえる。

ろうそくと関連してさまざまな意見が出ており、その意義を新しくしようとする試みがあったが、ほとんどがろうそくを「失敗」だと見る立場が大勢を埋めるようだ。もちろん、ろうそくは戻ってくるという「予言」もなくはないが、このような言葉は「約束」というより「期待」に近いものだ。約束する者のいない期待感は、本当をいうと対象のない欲望に等しい。一言でいうと意味がない。そして、たとえこのような期待の予言を充足させるとしても、それは正しい「政治的な企画」というには無理がある。

重要なのはろうそくの出現過程だ。運動としてのろうそくは失敗したが、象徴としてのろうそくはいろんなメッセージを伝えていると私は考える。ろうそくは韓国社会を構成する政治の性格を露骨的に表す事件だった。ろうそくが前面化する当時、進歩的知識人たちは韓国社会の保守化と脱政治化の雰囲気を懸念していた。しかし、このような「常識的合意」を打ち破って出没したのがろうそくだった。今日の今、振り返ると、ろうそくは利己的欲望の実現だったが、脱政治化を嘆いていた知識人たちにとって、これは政治の帰還のように見えたといえる。もちろん、進歩的知識人にとって、帰ってくるべき政治というのは「政治運動」であり究極的には「代案」だったが、ろうそくの様相はこのような進歩的価値基準には当てはまらなかったように思える。

実のところ、脱政治化の背後にあるのは、脱イデオロギーの時代だといえるが、ろうそくはこの時代の正体についての明確は例示を見せてくれたといえる。いったい私たちが住んでいる世界がどのような場所なのかについての重要な覚醒をろうそくは提供したのだ。私たちをなしている環境についての見慣れない風景を見せてくれたということ、そしてその風景が実像は私たちの内面の別の姿にすぎないということを表したという点で、ろうそくは今まで発生した政治的事件らとは違う何かを抱いていたのかもしれない。もちろん、この状況は韓国社会で一人でに突出したものではない。去年の牛肉波紋で突出したというより、ずっと長期的で構造的な変形がろうそくの波を持ってきたといおう。つまり、このすべてを「イミョンバク」のせいだと見るのは難しいのだ。

フランスの場合も状況は似ている。2005年のパリ暴動は、郊外の移民者の住居地を中心に発生した暴力事態で、ろうそくよりずっと過激で、対立戦線が鮮明だったが、同じく、なんの政治的企画や成果を導き出さないまま消滅してしまった。Slavoj Zizek はこの状況を政治的行動と違う「恨みの身振り」と見たが、ろうそくもそれとかけ離れているとはいえないだろう。フランス暴動は自分たちに不平等を教養する体制そのものへの抵抗や反対だったというより、その体制の一員として受け入れてくれることを要求する行為にすぎなかった。このような行為は共同体の構成員として社会という全体に寄与する自分たちの存在を認めてもらおうとする欲望の発露でもあるのだ。したがって、ろうそくで暴力と非暴力をめぐる論議もたいした意味を持っているようには思えない。

ろうそくが非暴力に留まったために、政治的になれなかったというのは、あまりにも純真な考えだ。フランス暴動の場合のように、たとえ暴力を伴う行為だったとしても、十分に脱政治的の可能性がある。ろうそくは最初から脱政治的な「劇場」だった。ろうそくが掲げた「反MB」はイデオロギーだったというより記号にすぎなかった。内容のない消費の形式だったという意味でもある。ろうそくの市民たちに「イミョンバク反対」というフレーズは共同体の一員として自分の役割を果たす自分のアイデンティティを確かめようとする祭りの音楽だったことになる。興味深いことに、ろうそくを灯して「市民」が求めたことは「疎通」だった。適切な疎通が行われない責任をイミョンバク政府の無能だと認識することで、ろうそくの市民たちは道徳的優越感と自肯心を獲得することができた。

したがってすべてを「イミョンバクのせい」にする論理は、見た目と違ってまったく政治的なものではない。イミョンバク政府の問題点は「平和的」でなかったために発生した。もちろん、ここで言及する「平和的」でなかったというのはイミョンバク政府が権威的で暴力的だったという意味ではない。政府がろうそくを持つ市民の主張に耳を傾け、その真意を汲み、共同体の安定を保障することをしなかったのが問題なのだ。いうなれば、政府はより多い「権力」を持つ必要があり、それを使って市民の権利を適切に維持させる役割をすべきだという考えが前提となっている。これこそがろうそくの市民たちが繰り返し要求した「疎通」の意味なのではないか?政府が疎通する能力を持っていないという認識は、国家の安全と市民の安定をはかる権力の作用をまともに遂行できないでいる考えと表裏一体である。

10代たちが「今、自律学習をしてないといけないのに、政府がちゃんとしていないから、こんなに幼い私たちが出てきた」と発言したことや、「もともと政治なんかに興味はなかったが、政府があまりにもアレなので集会に参加した」という20代の会社員の女性など、実は強力な政府の下で、さまざまな自分の権利を守る理想的共同体を渇望したといえるのだ。このような意味で、真に自分の権利を主張できる者は、自分の権利がまったくないものというより、ある程度、その権利を持つ者にかぎられる。私たちが脱政治だと呼ぶ現象は、このように、一定に自分の権利を持つ者たちが見せる、無気力なイデオロギーなのだ。このイデオロギーを発生させる焼失点に、「すべてがイミョンバクのせい」だという発火がうごめいている。

結局、すべての問題をイミョンバクから出発させる論理は、イミョンバクから解決策を導き出せるという考えを覆したものにすぎない。逆説的に、イミョンバク反対とはより強力な(またはより効率的な)イミョンバクへの渇望でもあるのだ。もちろん、ここで強力なイミョンバクの意味は、共同体の構成員に自分の権利と誇りを取り戻してあげられる存在への念願でもある。しかし、このようなメシア的存在は現実的に不可能だ。現実性のない企画から、脱政治性と無気力なイデオロギーが発生する。この状況は政治的目的意識を抱いてくれることのできる世界の消滅を意味するが、このような世界の不在は大衆的抵抗を無意味にさせてしまう原因でもある。つまり、先取すべき政治的目的より、共同体構成員の自尊心という価値の問題が中心におかれる。

もちろん、このような条件は左右派どちらにも危機的状況だ。ジマンウォンの告白のように、右派も冷戦時代を懐かしんでいる。そのときは少なくともひとつの「世界」があった。右派は「アカ」を取り消せば先年王国を築けると考えた。その価値の評価はおいといて、鮮明な政治的企画が可能だったということだ。しかし状況はまったく変わってしまった。「生活」というイデオロギーが社会全体をカビのように覆い尽くした。このカビはそもそも世界の存在そのものを否定する理念を食べて育った。イデオロギー的な存在基盤そのものを崩してしまう自己解体的イデオロギーなわけだ。すべてをイミョンバクのせいにして燃え盛ったろうそくは「イミョンバクなものと、イミョンバクでないもの」という分法を生産できたが、それにより、アイロニーなことに、具体的な政治的対象を喪失する結果を生んだ。すべてをイミョンバクのせいにすることは、そのためまったく政治的な戦略だとはいえない。そうやってロウソクは自分の幻想に陶酔したナルシスのやまびこだったのかも知れない。


<先月の京郷新聞「ろうそく集会と韓国進歩の課題」討論会からの抜粋↓>

ノホェチャン(進歩新党代表):発題に共感している。ろうそくを何と規定するか。これが核心主題ではないが、言及があったので、申し上げたい。発題者の方は、初の反新自由主義大衆運動だというが、ろうそくに反新自由主義的な要素があったのは事実だが、その運動そのものを反新自由主義の流れだと見ていいのかは疑問に思える。いろんな要求が出てきたが、狂牛病牛肉の輸入反対が主になっていた。狂牛病牛肉には反対するが韓米FTAには賛成する人々も多かった。

それで、下手をすると過剰解釈をする可能性があると思う。ろうそくの現場で考えてみた。なぜ、ここまで感動的で熱い運動が、幻想的につづくのか。きっかけになり、主導してくれた主題が狂牛病牛肉の問題だったなら、また一方では、政権交代後、意識的、無意識的に作用したものがある。いわゆる87年体制がほぼ幕を閉じ、よりマシな場所へと進むのではなく、逆に反動的に後退したことで、それへの反発が基調をなしていたように思えるのだ。

去年の世論調査を見ると、イミョンバク政府への支持度が9%ほどまで落ちた時期があった。にもかかわらず民主党などの支持は高まっていない。そんなところを観ると、自然発生的大衆運動に大きな意味を見出してはいけない。3.1運動が終わってから、第1の3.1運動のあと、第2の3.1運動を待ったところで、来てはいない。しかしながら、同じ運動は始まってないが、いろんな領域で花を咲かせ、影響を与えたのだ。

人間の努力でまたロウソクが再現することを願うのは論理的矛盾になる。むしろ、ろうそくで現れた様相などを、国民がどう見つめているかを私たちが評価し、その中で私たちの運動が進むべき道を直すことが必要でないかと思う…

国民の皆様。もう一度ろうそくを起こしてください…などと考えるのはムシのいいことだ。国民が動かなくてもいいように、また、私たちが攻め込みながら、国民がついてこれるように、どうすべきかを悩まなくてはならない。

私は、執権勢力を含め、今まで10年間の政権を担った勢力などが、既存の方式ではこれを教科書に入れることができないだろうと思う。多くの人々が、イハンヨルが誰なのかを知らない。87年におきたことを知らない。教科書の記述を読んだだけの人々が20代になり、そろそろ30代になる。386はもうすぐ還暦になるのだ。このような状況で、昔の話ばかりしながら進むことはできない。

光州抗争のせいで労働運動を始めた人が多い。私もその一人だった。そのとき、私たちが夢見たことの中に、「光州抗争のようにまた起き上がってくれないかな」というものもあった。しかし、光州抗争のように起き上がることはなく、6月抗争が起きた。ろうそくも同じだ。国民が起き上がるのを待つのではなく、運動する人々がどうすべきかを悩まなければならない。

民族のことを話してくださったが、民族問題が私たちの国において重要だという考えには反対しない。しかし、これを新しい世代にどうやって理解させるかが問題になる。新しいコンテンツが出てこないかぎり、運動とロウソクの間の距離感を詰めることは難しいだろう。

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by no_kirai | 2009-05-05 00:58 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

5月2日夕方。歓呼の舞台と恐怖の街


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こんなところにこなたがΣ↓
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(社会党内のオタクどもが作った旗だが、彼らは後で「他地で苦労をさせて悪かった」と詫びていたとかw)

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by no_kirai | 2009-05-04 14:39 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ろうそく1周年。懐かしき独裁政権時代。


法治主義というのは一般国民が法を守ることだけを意味するわけではなく、
権力を持っている人々が、憲法と法律に則って統治することを意味します。
法治主義の反対語は無秩序ではなく「人治」なのです。恣意的な統治。

だから、私たちの憲法と法律が規定している法治主義の精神や手順は、
権力を持つ人が、主権者の国民に対して、その基本権や自由を制限しようとするとき、
憲法と法律で決まっている規定と手順に則って制限しろという意味なのです。

ところで、今の政府を見ると、この「法治主義」を、
大統領の意に沿わない人々を罰することだと解釈しているのです。
問題が深刻を極めていっている理由はそこにあると思います。

(ユシミンの最近の講演内容から抜粋)

-以下は某ブログから無断転載です-

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by no_kirai | 2009-05-03 15:39 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ロウソクは敗北したのか


検察の法治主義。


最近、検察の動きが政治的中立だと考える方はいないはずです。記事化されてないため話題になりませんがイジェオ前議員と一緒に公選を左右した側近の中の側近イバンホ、ゾンゾンボクなどを落としたガンギガプ、キムイルユン当選者がどちらも検察から押収捜索を受けました。今もガンギガプ代表に対する出席要求が続いています。物証は当然ありません。ハンナラ党で選挙法違反嫌疑で告発された数多くの議員は警察が検察に譲り、また検察は警察に譲り互いにキャッチボールしてると記憶の向こうに消えました。


イミョンバク政府の法治主義


凡仏教集会は明白に青瓦台の宗教政策を批判するための政治集会です。ロウソクデモに数十万が集まったときも確かに違法政治集会でした。そのときは跪くふりをした政府がどうして最近のロウソク集会は殴り倒すでしょうか?数です。重要な事実はこのような価値判断の根本前提が法と原理によるものではなく徹底的に力の論理によるということです。これがまさにイミョンバク政府が話す法治主義のレベルです。違法集会に兵力さえ配置しないといいます。

これまでイミョンバク政府が消極的な対処をした理由は簡単です。補欠選挙で惨敗したからです。8月になって強硬になった理由も簡単です。教育監選挙で勝ったからです。徹底とした力の論理です。これが現政府が話す報知主義の実態です。弱者は殴り強者に跪くこと。卑劣です。もともとそのような集団です。ハンナラ党の現政府は。ならばある意味、解決策は簡単です。力で抑えるのです。

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by no_kirai | 2008-08-30 13:42 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ロウソクはなぜ未完なのか (ハンギョレ、8月14日)

-前略-ろうそく100日が生んだ最高の果実は’ろうそく市民’の誕生だ。この点について座談者たちの意見の違いがなかった。「たとえばロウソクに参加してみた’乳母車部隊’の女性たちがこれからロウソクの前のように生きられるだろうか。彼らはすでに世の中に対して不便になっている。啓蒙と覚醒を成し遂げた個人の誕生は社会発展の重要な動力だ。」キムホギ教授の分析だ。

キムミンヨン処長も「共同行動で世の中が変わるということを知った覚醒した市民たちが登場し、これを背景に新しい形の社会運動組織が出現するはず」だと話した。ジャンソクジュンチーム長は「インターネット疎通を通じて情報と知識を得て決意を引き出した’慣れない行動の仕方’はこれからも続くはずで、この過程で今回のロウソクより更に明確な代案を持つ運動が生じる可能性が充分にある」と話した。

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by no_kirai | 2008-08-21 01:06 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

パクノジャの見たロウソク集会

ロウソクを持った10代とイミョンバク (2008年5月21日、京郷新聞)

韓国現代史で10代たちが街へ出たのはイスンマン打倒を叫んだ以降、なかったことだ。学生運動が活発だった1960~80年代にもほとんど大学生が動いた。日帝時代には高校生たちが熱心に政治に参加し、50年代末までも参加したがそれからは入試のせいなのか参加がなくなった。それが今再び蘇ったようで喜ばしい。

放送・動画を通じてみたロウソク集会の姿は古代ギリシャ民会の姿を彷彿とさせる。昔、自主派側で主催した集会は画一的にフレーズを叫ぶばかりだったが、今は本当に様々な話が出てくる。中央舞台で牛肉再協商を求める声が出るかと思うと、また別の片隅で爆発した医療保険民営化、教育自律化に対する声が再び中央舞台に進出する。学生たちは既成の運動圏に比べてはっきりとした自分の関心ごとを持って運動をしているようだ。これは10代たちがほかのメディアよりインターネットを更に多く見ることとも関係がありそうだ。長所と短所があるだろうがインターネットが情報がより多様な側面があり、相互疎通が可能な点もある。

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by no_kirai | 2008-08-21 00:41 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

警察が暴力的だとか


そういう論争や告発はどうでもよくて

歩道を防いでデモ隊を連行する彼らに激烈な異常さを感じる日々

人間を狩ることが彼らの仕事ではないはずだろ

そしてドサクサにまぎれて、暴力を使うやつが出てくる

暴力が問題ではないのだ。暴力は問題の中で生じる問題だ

こんな状況を押し通す彼らによって、私の常識は傷ついた

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by no_kirai | 2008-08-16 09:25 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

新公安台風の中でもロウソクの火は消えない

(ハンギョレ。8月12日)

インターネット自律新世代たち'公権力の暴圧性'にショック
防ぐと乗って超えていく'脱走'権力の前で'批判する大衆'へ


浪人生ジュ某(18)氏は去る5月31日ロウソク集会に出た際に、ソウル光化門近隣道路で追われる市民たちが警察の盾や棍棒で殴られ続ける姿を見つめた。ジュ氏は自分の頭を殴られたようなショックを受け、"その瞬間、ここが韓国で合っているのかという気がした"と話した。"その平凡な者たちを殴る姿を見て、泥棒を捕まえ治安を維持することが警察という私の常識が破れた日"だとも話した。一時、警察官の夢を抱いたことがあるという彼は"大統領を間違えると本当に大変なことになることを知った"と力なく呟いた。

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by no_kirai | 2008-08-14 16:26 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ロウソクの以降の展望と、立場の整理

私は青渓広場に閉じ込められ、ろうそくを手にとって歌を歌った文化祭に何回か出たことがあります。そして終わってから友達と一緒に「ここで包囲されてマスターベーションをしたところで何になる?」と挫折して家に帰ったことがあります。そして5月24日。家に帰る途中、市民達が街頭に出てきたという話を聞き、私も飛び出していきました。

そして3ヶ月。ペンタポートロックフェスティバルを見に行った7月の最後の週を除くと、飽きるほど集会に参加しています。金曜の夕方に出て月曜の夜明けに帰ったりもし、消火器と水大砲にびしょ濡れになって帰ったこともあります。そして一緒にいた市民達と論争しました。

「私達はどこへ向かうべきか?」
「私達はなにをすべきなのか?」

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by no_kirai | 2008-08-11 15:32 | ろうそく集会(デモ/文化祭)