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天安艦陰謀論について思うこと

筆者は天安艦被撃による犠牲者たちには憐憫を抱いているにもかかわらず、調査結果が出るまでは事件そのものについてたいして関心を持たなかったほうだった。理由は次のとおりだが、天安艦の沈没が北朝鮮の行いでないとすれば、たしいて意義のある事件だと見ることが難しく、北朝鮮の行いだとすれば、いかなる直接的情報も接しえない民間人の立場からは正式調査結果が出るまでは迂闊な予測を自制することが望ましいと考えたからだ。したがって調査団の発表によれば北朝鮮の行いということが確実になった現在の視点に来て、天安艦被撃について思いを綴るくことができるようになった。

調査以降に出ている反応の中で興味を惹くものが、天安艦被撃への一角の反応である。私としては今まで調査団が発表した内容は、合理的常識人なら収容できる十分な根拠を提示していると考えている(ペンで書いた文字がユーモラスなのはたしかだが、調査団が直接書いたわけではない以上、ハングルで部品表示をしておく国家が北朝鮮のほかにあり得るか?)。すでに○○○氏が「責任を問うのも良し、異見を提示するのも良し」という文でとても適切に指摘してくださったが、「陰謀論はつねに『権力の愚かさ』を『権力の全知全能さ』だと勘違いすることで発生する」という鋭い指摘は再び引用する価値があるので、この文で再言及しておきたい。ほかの多くの合理的根拠の代わりにペンが強調されたことはたしかに「権力の愚かさ」かもしれないが、それが各国の人事たちの目をすりぬけて調査結果を操作できる「権力の全知全能さ」に繋がるものではない。また、陰謀論それぞれへの反論は△△氏が「様子がおかしいもので」という文でわかりやすくまとめてくださっている。

私が一番気になる点は次のようなことだ。もし調査団の発表が陰謀による操作だと主張するなら、これはまた別の質問を内包していることになるが、「本当に天安艦を沈没させた主体は誰か」という質問がそれである。そしてこの質問はイミョンバク政府に対する好き嫌いに関わりなくとても不愉快な答え<政府の自作劇>から「比較的」常識的な(比較的に注目願いたい)答え<米軍のミス>まで、そのバリエーションが枝分かれされるが、どれを取ってもオッカムの剃刀という原則から外れる非論理的推論だという点は同じだ。しかも推論の非論理性は置いておくとしても、非論理的推論まで動員して死亡した将兵たち(今、筆者は意図的に「殉国」という表現を使っていない。天安艦に搭乗していた大多数の将兵はきっと生きたかったはずであり、そのため今回の事態の主犯は厳密に解明し、責任を負うべきであろう)に対する憐憫より、政府に対する自分の嫌悪を表出することは、あまり人間的な姿勢とは思い難い。陰謀論を提議する者たちは犠牲者たちの報いを払わせるために本当の主体を探しているのか、それとも犠牲者を理由にして自分の不満を表出するための対象を探しているのか?

もちろん、調査団の意図せぬミスにより見当はずれな結果が出た可能性が完全にないと100%言い切ることはできないが、少なくとも調査団の故意的陰謀により結果が操作された可能性は0%に近いと言いきることができる。筆者が見るには陰謀論を提議する人々の世界観はとても単純なものに見える。つまり、彼らによれば調査団と政府、国防部の関係者らはすべて国家的陰謀というおぞましい秘密を作り共有できるほどに同一な利害関係を共有しており、同一の世界観を持っていることになるが(もしこのような一致がなされないとすれば、決して謀議は成就できないであろう)、問題は現実はそうではないという点にある。筆者が保守のシンクタンクである韓半島先進化財団の関係者から私的な経路で聞いたかぎりでは、財団で主催した天安艦関連討論会で退役将星らと保守言論関係者たち、現職軍将星らがお互い別々の声を出したと言う点を明かしておくとして、イミョンバク陰謀論を主張するたよりない人々のために付け加えるなら、政府のシグナルを送った現職軍将星はむしろ慎重で合理的な対応を強調したという点を言及しておくべきだと思う。

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by no_kirai | 2010-05-22 01:49

ろうそく集会を追憶する

私はろうそく集会に毎週末ごとに通っていた。狂牛病怪談のせいであるはずもなく、私が学んだ憲法が無視されるのを見たくなかったし、人々が殴られるところを見るのも嫌だったことが、しつこくろうそく集会に出席した理由であった。人が殴られるところを代わりに殴られてやり、人が連行されるところを代わりに連行されてあげるために参加した。(ところで調書を書くとき、なんとなくボルテールの言葉を引用したが、それがそのまま調書に入ってしまって今思い出しても鳥肌の立つ世紀の中二病調書が誕生してしまった。ひどい。それって公式記録で残るんだぞ…)

ろうそく集会はさまざまな姿を持つ集会だった。集会に出た個々人の理由も様々だった。私のような人もいれば、検疫主権や食糧安保を話したかった人もいたし(個人的に、それはちょっとどうかと…)協商過程が気に入らなかった人もいれば、本当に狂牛病牛肉が食べたくなかった人もいた。狂牛病牛肉を食べたくなかった人々だけを見ても、いま朝鮮日報が書きまくっているように不和雷同した人もいれば本当に狂牛病牛肉は危険だと考える人もいた。たとえば平素から親環境食料に興味があり、子供に良いものばかり食べさせようとする母親たちがいた。集会の姿も様々だった。私が見ただけでも数十種類の姿を表していた。ある日は本当に祭りの雰囲気であったし、またある日は静かに行進した末に、警察が防ぐとそのまま解散したり、何人かの人が危険にも什器を殴り壊した日もあった。同じ日同じ時刻の集会にて、このすべての姿が演出されたりもした。

このすべての多様性を認めようとしないでいるため、ろうそく集会に対する論乱が収まらないのだと思う。不和雷同した一部の人たちと什器を殴り壊す姿のみを見たがる人がいれば、自発的に集会に参加した胸躍る祭りの姿だけを覚えたい人もいるのだろう。私はどちらも肯定的に見たいと思うが、前者に集中する人々は前者を悪く思っているようだ。とにかく、そのように様々なろうそく集会の一面だけを見ようとするから喧嘩になるのではないか。どの姿であれ実在したため当然証拠は残っているし、互いに別の証拠を突き付けて自分が見たことだけが正しいと言い張るため話はずっと平行線だ。

個人的な考えだが、ろうそく集会に与えたかった意味はこのような多様性にあった。

それはそうと、もう過去のことになったろうそく集会の話を再び持ち出した朝鮮日報の意図が気になる。オフラインはともかく、オンラインでまた論乱が広がれば与党に不利な流れが作られるかもしれないのに、朝鮮日報内に実はプラクチがいるんじゃないかって気になる。

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by no_kirai | 2010-05-15 23:08

朝鮮日報の狂牛病特集


朝鮮日報がキャンドル特集なるものを出した。社説まで動員し狂牛病怪談によってキャンドルが発生したという「右派の視線」を繰り返すものだった。それで終われば選挙を前にした確認射殺ぐらいだと思われスルーされたかもしれない。しかしイミョンバク大統領がそれに便乗したことで局面が変わってしまった。キャンドル政局のとき「反省」したことが本心ではなかったという事実を天下に知らしめたようなものだからだ。「ウソつき大統領」という更なる変数が加わった。

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by no_kirai | 2010-05-14 13:32

今回も朝鮮日報の勝ち戦


人間魚雷がなんとか、ありえない話ばっかりして防御姿勢を取っていた朝鮮日報が、ついに牙をむきました。狂牛病キャンドルデモに対する朝鮮日報の評価に、またもや騒がしくなってきました。朝鮮日報の企画シリーズ物に対し、青瓦台もまた口調を合わせ、オーマイニュースが反論シリーズを編成して対応しています。


この攻防がつづくと、これを客観的にどっちが正しいか評価しようとする人々がいますが、正直無駄あがきだと思います。これは、選挙を目前として朝鮮日報が設けた一種の政治的介入だと思われます。彼らは冷静で公平な評価をしようってわけじゃない。アジェンダを立て(選挙前に)自分たちの勢力をまとまらせようとする行為です。青瓦台がこれに同調する理由もここにあります。投票しに行きたくなる名分を与えようとしているのです。

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by no_kirai | 2010-05-13 10:39

生存者インタビューを見て


*大尉は進級しそうだ。

*TODは3度目の訂正。未だに知られなったもう一つのTOD資料があると…

*9時15分の爆音について「ウソだった」→「ウソではなくて、状況兵の間違いだ」が昨日までの訂正だったが、今日より「爆音ではなく騒音だった。本件とは関係がない」に更新された

ガクガクブルブル

やはり巨大で組織的な陰謀といよりは報告体系の脆さだ。1段ずつ上に上がるたび責任回避をして可笑しくなったのでは…国防部の今までの嘘も体系的な陰謀というよりは、下級部隊のブラフ報告に振り回されているような気が。

ただ、今回のインタビューから分かった話だと、先端破壊も、北朝鮮魚雷も、今まで提議されたどんな疑惑でもないという内容だったので、結局、軍が望むことは原因不明でしかないようだ。今まで軍が提供した情報をまとめるとそういうことになる。もともと、情報隠蔽というのは、多数の相いれない情報を流すやり方が最も効率的だ。

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by no_kirai | 2010-04-08 17:29

MB反対者が進歩主義者なら、お前らは何者なのだ?

イミョンバクは現在、大韓民国の大統領だ。彼が大統領になった理由は何だろうか?彼がイケメンだから?彼の能力がズバ抜けているから?彼の人徳のなせる業か?彼の道徳性に惚れた人が多いからか?
正解はだれもが知っている。彼が大統領になった一番の理由は、ハンナラ党の大統領候補であるからだし、その次の理由は、彼は旧時代のイデオロギーと資本主義社会の欲望を代弁するためだ。

実はこの二つの理由は異なるものではない。彼がハンナラ党候補に登りつめた理由を思い出そう。イサンドゥクをバックにする党内支持勢力がいたがパククネに比べると力がなく、政治経歴もそれほど長くない。選挙法違反により国会議員資格を剥奪された経歴のある政治人。広域団体長を一度だけ務めたことが履歴のすべて。このような政治人がハンナラ党候補に登りつめたわけとは?
そう。ソウル市長だ。彼はソウル市長をしながら青渓川など、目に見える可視的な成果によって大衆の支持を獲得し、ハンナラ党候補になった。そして、彼が見せる可視的な成果は青渓川があらわしている。環境を無視した開発史上主義。被害者(ガーデンファイブを見よ)を無視して押しとおす政治。これが大衆の熱烈な支持を得た。それが言論によるものであるにせよ、このような価値を擁護する人は未だに多く、彼らの欲望がイミョンバク大統領を誕生させた。

このようにイミョンバク大統領が代弁するものは70年代の方法論、すなわち開発史上主義と大企業中心主義、不動産中心の経済開発、政府主導の計画経済である。そしてイミョンバク政府はそのような方法論を忠実になぞってきた。大企業のために法人税と規制を撤廃し、不動産価格維持のために税金をなくし、政府主導の計画経済をドライブしながら(しかし企業がついてきてくれない)、開発史上主義のために大運河を立案し、4大河に名前を変えてでも推進させる。

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by no_kirai | 2010-04-06 01:26

私は左派ではないという話について

(前略)

論争の中心に立たれたミョンジン和尚は政治的な外圧を主張しながら、「父も私も陸軍兵将で除隊し、ベトナムにまで行ってきており、海軍で入隊した弟は訓練中に殉職し国立墓地に埋められているが、何故私が左派なのか」と説明した。それを聞き去るキャンドルデモのとき、広場で何度も叫ばれた宣言の数々が思い浮かんだ。私は海兵隊出なのに私のどこが左派なのだ。朝鮮日報を何年も読んだのにどうすれば左派になれるのか。発言の次には必ず肯定の拍手が後を追った。そんな中で、左派という単語は密かでありながら実はあまり密かでもなく、公的な悪口になっていた。

レッテルを貼られて気持ちの良い人はいない。特に、今日私がキムチを食べたが、冷蔵庫の左側から取り出したせいで美味しくなかったので、左派キムチは悪い、というのに等しいレベルの話を聞いたときなら尚更そうだ。無実のキムチとしては、防御的な姿勢を取らざるを得ないのだ。それで、伝統あるキムチの私がどうすれば左派になりえるのか。という言葉がとっさに飛び出る。

しかし、お前は左派だからダメだという話に対応するための、私は左派ではないという防御には限界がある。そのような防御は、そもそものくだらない主張を無力化できないだけでなく、果てしない思想検証の悪循環を後押しする。実際のあなたが左派でも右派でも共産党員でも社民主義者でもファシストでも何の関係もない。どうせ6月地方選挙を前にして青瓦台と世論が助長しているあの正体不明の陣営論理によれば、私の味方でなければすべて左派である。この見てくれだけの修辞の前で、私は左派ではないという告白は自らを証明し不条理を解消するための何の効果ももたらさない。

左派であればどうだというのか。左派ならそのような扱いを受けても良いというのか。お前は左派だからダメだと言いだす人々は、むしろ私は左派ではないというあなたの答えを待っているのかもしれない。このような場合、雑音と論争は多ければ多いほど良い。持ってはいけない信念を想定して現実化すること。それが言葉の力であり魔法である。

(後略)
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by no_kirai | 2010-03-29 10:57

暇だし独島(*竹島)の話でもしましょう

*9月2日。誰かさんのブログ。

去る30日に行われた日本の総選はかなりのビッグニュースのようだ。私もいろんな通路で日本の政治や歴史についての生齧りながら知識を得てきたが、日本の現代政治至上初の政権交替の歴史的意味がどれほどものか、実感を得ることは難しい。いろんな記事や寄稿文を読みながら漠然とした'羨ましさ'を感じてしまう気分が、少し恥ずかしかったりもする。(訳者の戯言:韓国は政権交替が頻繁になされる正常な民主主義国家だと思っているような友人がいるが、ちょっと正常な政権交替だったというのは難しいし、奇跡的なめぐり合わせというか、実際に国民の意思で政権交替を成し遂げたというようなものではないのだが、この話は別の機会にというかいずれしなければならない)

ハンギョレに載ったある日本人教授の寄稿文にて言及されているように、日本の政権交替に対する韓国の高い関心は、若干驚くべきことだ。私から見ると、その理由の相当な部分は、歴史清算問題の解決への期待のせいのようだ。民主党の政策の中で自民党と目だって対比する部門が対外政策だが、対韓政策もまた、歴史清算問題においてそうだ。ハンギョレの記事らを見ると、殆どが靖国神社参拝問題、従軍慰安婦反省-報償問題を主に言及している。靖国神社参拝問題は日本の極右政治人らが'暇あるごとに'想起させてきた問題であるし、従軍慰安婦反省-報償問題は、韓国の進歩的市民社会から'暇ある暇もなく'しつこく提議してきた問題だ。

考えてみると少し不思議に思えるが、総選の結果と韓日歴史清算問題を扱う記事の中で、独島関連記述が殆どない。保守的、改革的言論をすべて当たってみたがあまり目立たない。歴史清算問題に関して多くの関心を見せるハンギョレもまた同様だ。独島問題はここ数日、活発に扱われたが、WSJ関連記事のせいだった。東海表記問題と一緒に独島問題もまた浮上したのだ。

私の考えでは、韓日歴史清算問題の中でもっとも昔から引っ張っており、またもっとも重大な問題は独島問題だ。だからもっとも敏感な問題の一つでもある。あまりにも敏感なので触れられないとでもいうのだろうか?

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by no_kirai | 2009-09-08 03:38

神話はどうやって作られるか

キムデジュン元大統領は韓国で唯一、北韓(北朝鮮)問題についてアメリカに忠告ができる'政治家'だった。私からみれば、彼は韓国社会では珍しい'まともな保守'だった。彼は民族主義から出発したが、ファシズム政権により左派のアカの烙印を押され死の淵まで追いやられる。しかし彼は後日の執権後、新自由主義的経済政策を主導的に導入する役割を担うことになる。見方によっては彼こそが民族主義と新自由主義がどうやって遭遇できるかを見せる興味深い媒介者だった。'キムデジュン図書館'に展示されている遺品の中のアルビン・トフラーの<第3の波>はこのような事実を象徴的に見せてくれる。キムムンス京畿道知事はトフラーの本を読み労働運動から身を引いてハンナラ党へ入党したと告白したことがあるが、キムムンスと違いキムデジュン元大統領は新自由主義を受け入れながらも民族主義を諦めなかったと見ることができる。

彼が代弁した政治的理念は、韓国の市民社会を構成している中間階級の利害関係に忠実なものだった。統一政策は、実質的に冷戦イデオロギーを離れ、韓国社会が国際化できる基礎を築き、中間階級の市民意識を普遍常識の次元へ進入させるきっかけを設けたといえる。生前の最後に彼が言及した'民主主義の後退'は、まさにこのような市民意識と国家管理に無能なイミョンバク政府の間で発生する葛藤が作り出す徴候だといえる。キムデジュン前大統領の'自然死'はノムヒョン前大統領の死と重なり中間階級のユートピア主義を内包した想像共同体の祈りへと置換される。まるで彼もイミョンバク政権という'悪の集団'に虐げられ突然世を去ったように見られるのだ。このような現象は単なる妄想の産物というより、市民社会という状況が国家という固定点に出会えなかったために発生すると見るべきだ。つまり、韓国で市民社会は相変わらず国家と対立中ではあるが、この国家がもはや実態的な誰かのものではないという事実によって問題は浮き彫りにされる。この明白な葛藤を縫いたいがため、今私たちは神話を欲しているのかもしれない。

- 8.22 이택광教授のブログから
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by no_kirai | 2009-09-04 03:16

もうこの国には


クーデターを起こし、光州を血に染め、29万ウォンしか入ってないが尽きることのない財布を持っている者と、

その者の下で「私は普通の人です」云々して大統領に選ばれた者、

そして数多くの人々を路上に立たせ、自殺に追いやり、経済を滅ぼしたのは金大中だと言った者と、

国が傾こうが社会がおかしくなろうが、自分の教会と兄弟姉妹だけをただただ大事にする者だけが残った。

大統領たる者など、もういない。
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by no_kirai | 2009-08-20 08:16