「ほっ」と。キャンペーン

タグ:ろうそく集会を語る ( 17 ) タグの人気記事

ろうそく集会を追憶する

私はろうそく集会に毎週末ごとに通っていた。狂牛病怪談のせいであるはずもなく、私が学んだ憲法が無視されるのを見たくなかったし、人々が殴られるところを見るのも嫌だったことが、しつこくろうそく集会に出席した理由であった。人が殴られるところを代わりに殴られてやり、人が連行されるところを代わりに連行されてあげるために参加した。(ところで調書を書くとき、なんとなくボルテールの言葉を引用したが、それがそのまま調書に入ってしまって今思い出しても鳥肌の立つ世紀の中二病調書が誕生してしまった。ひどい。それって公式記録で残るんだぞ…)

ろうそく集会はさまざまな姿を持つ集会だった。集会に出た個々人の理由も様々だった。私のような人もいれば、検疫主権や食糧安保を話したかった人もいたし(個人的に、それはちょっとどうかと…)協商過程が気に入らなかった人もいれば、本当に狂牛病牛肉が食べたくなかった人もいた。狂牛病牛肉を食べたくなかった人々だけを見ても、いま朝鮮日報が書きまくっているように不和雷同した人もいれば本当に狂牛病牛肉は危険だと考える人もいた。たとえば平素から親環境食料に興味があり、子供に良いものばかり食べさせようとする母親たちがいた。集会の姿も様々だった。私が見ただけでも数十種類の姿を表していた。ある日は本当に祭りの雰囲気であったし、またある日は静かに行進した末に、警察が防ぐとそのまま解散したり、何人かの人が危険にも什器を殴り壊した日もあった。同じ日同じ時刻の集会にて、このすべての姿が演出されたりもした。

このすべての多様性を認めようとしないでいるため、ろうそく集会に対する論乱が収まらないのだと思う。不和雷同した一部の人たちと什器を殴り壊す姿のみを見たがる人がいれば、自発的に集会に参加した胸躍る祭りの姿だけを覚えたい人もいるのだろう。私はどちらも肯定的に見たいと思うが、前者に集中する人々は前者を悪く思っているようだ。とにかく、そのように様々なろうそく集会の一面だけを見ようとするから喧嘩になるのではないか。どの姿であれ実在したため当然証拠は残っているし、互いに別の証拠を突き付けて自分が見たことだけが正しいと言い張るため話はずっと平行線だ。

個人的な考えだが、ろうそく集会に与えたかった意味はこのような多様性にあった。

それはそうと、もう過去のことになったろうそく集会の話を再び持ち出した朝鮮日報の意図が気になる。オフラインはともかく、オンラインでまた論乱が広がれば与党に不利な流れが作られるかもしれないのに、朝鮮日報内に実はプラクチがいるんじゃないかって気になる。

More
[PR]
by no_kirai | 2010-05-15 23:08

朝鮮日報の狂牛病特集


朝鮮日報がキャンドル特集なるものを出した。社説まで動員し狂牛病怪談によってキャンドルが発生したという「右派の視線」を繰り返すものだった。それで終われば選挙を前にした確認射殺ぐらいだと思われスルーされたかもしれない。しかしイミョンバク大統領がそれに便乗したことで局面が変わってしまった。キャンドル政局のとき「反省」したことが本心ではなかったという事実を天下に知らしめたようなものだからだ。「ウソつき大統領」という更なる変数が加わった。

More
[PR]
by no_kirai | 2010-05-14 13:32

2009年のキャンドル集会は成功できない



すべてはイミョンバクのせいか?


ろうそくは消えた。ずっと昔に。もはやそれを否定できる人はいないと思える。「鶏バスツアー」や「昭博山城」などのユーモアを作り出したその熱気は消え、その場に残ったのは、恐ろしい車が疾走する冷たいアスファルトだけだ。街は再び日常へ席を譲り、人々はすべて自分の居場所へと戻った。この事件の終結に対するいろんな後日談が、1周年を迎えようとする頃に雲ができるように浮かび上がるのを目撃するのも当たり前だ。それだけろうそくは、結果はどうであれ、もう一度振り返ってみるべき意味を刻んでおいたといえる。

ろうそくと関連してさまざまな意見が出ており、その意義を新しくしようとする試みがあったが、ほとんどがろうそくを「失敗」だと見る立場が大勢を埋めるようだ。もちろん、ろうそくは戻ってくるという「予言」もなくはないが、このような言葉は「約束」というより「期待」に近いものだ。約束する者のいない期待感は、本当をいうと対象のない欲望に等しい。一言でいうと意味がない。そして、たとえこのような期待の予言を充足させるとしても、それは正しい「政治的な企画」というには無理がある。

重要なのはろうそくの出現過程だ。運動としてのろうそくは失敗したが、象徴としてのろうそくはいろんなメッセージを伝えていると私は考える。ろうそくは韓国社会を構成する政治の性格を露骨的に表す事件だった。ろうそくが前面化する当時、進歩的知識人たちは韓国社会の保守化と脱政治化の雰囲気を懸念していた。しかし、このような「常識的合意」を打ち破って出没したのがろうそくだった。今日の今、振り返ると、ろうそくは利己的欲望の実現だったが、脱政治化を嘆いていた知識人たちにとって、これは政治の帰還のように見えたといえる。もちろん、進歩的知識人にとって、帰ってくるべき政治というのは「政治運動」であり究極的には「代案」だったが、ろうそくの様相はこのような進歩的価値基準には当てはまらなかったように思える。

実のところ、脱政治化の背後にあるのは、脱イデオロギーの時代だといえるが、ろうそくはこの時代の正体についての明確は例示を見せてくれたといえる。いったい私たちが住んでいる世界がどのような場所なのかについての重要な覚醒をろうそくは提供したのだ。私たちをなしている環境についての見慣れない風景を見せてくれたということ、そしてその風景が実像は私たちの内面の別の姿にすぎないということを表したという点で、ろうそくは今まで発生した政治的事件らとは違う何かを抱いていたのかもしれない。もちろん、この状況は韓国社会で一人でに突出したものではない。去年の牛肉波紋で突出したというより、ずっと長期的で構造的な変形がろうそくの波を持ってきたといおう。つまり、このすべてを「イミョンバク」のせいだと見るのは難しいのだ。

フランスの場合も状況は似ている。2005年のパリ暴動は、郊外の移民者の住居地を中心に発生した暴力事態で、ろうそくよりずっと過激で、対立戦線が鮮明だったが、同じく、なんの政治的企画や成果を導き出さないまま消滅してしまった。Slavoj Zizek はこの状況を政治的行動と違う「恨みの身振り」と見たが、ろうそくもそれとかけ離れているとはいえないだろう。フランス暴動は自分たちに不平等を教養する体制そのものへの抵抗や反対だったというより、その体制の一員として受け入れてくれることを要求する行為にすぎなかった。このような行為は共同体の構成員として社会という全体に寄与する自分たちの存在を認めてもらおうとする欲望の発露でもあるのだ。したがって、ろうそくで暴力と非暴力をめぐる論議もたいした意味を持っているようには思えない。

ろうそくが非暴力に留まったために、政治的になれなかったというのは、あまりにも純真な考えだ。フランス暴動の場合のように、たとえ暴力を伴う行為だったとしても、十分に脱政治的の可能性がある。ろうそくは最初から脱政治的な「劇場」だった。ろうそくが掲げた「反MB」はイデオロギーだったというより記号にすぎなかった。内容のない消費の形式だったという意味でもある。ろうそくの市民たちに「イミョンバク反対」というフレーズは共同体の一員として自分の役割を果たす自分のアイデンティティを確かめようとする祭りの音楽だったことになる。興味深いことに、ろうそくを灯して「市民」が求めたことは「疎通」だった。適切な疎通が行われない責任をイミョンバク政府の無能だと認識することで、ろうそくの市民たちは道徳的優越感と自肯心を獲得することができた。

したがってすべてを「イミョンバクのせい」にする論理は、見た目と違ってまったく政治的なものではない。イミョンバク政府の問題点は「平和的」でなかったために発生した。もちろん、ここで言及する「平和的」でなかったというのはイミョンバク政府が権威的で暴力的だったという意味ではない。政府がろうそくを持つ市民の主張に耳を傾け、その真意を汲み、共同体の安定を保障することをしなかったのが問題なのだ。いうなれば、政府はより多い「権力」を持つ必要があり、それを使って市民の権利を適切に維持させる役割をすべきだという考えが前提となっている。これこそがろうそくの市民たちが繰り返し要求した「疎通」の意味なのではないか?政府が疎通する能力を持っていないという認識は、国家の安全と市民の安定をはかる権力の作用をまともに遂行できないでいる考えと表裏一体である。

10代たちが「今、自律学習をしてないといけないのに、政府がちゃんとしていないから、こんなに幼い私たちが出てきた」と発言したことや、「もともと政治なんかに興味はなかったが、政府があまりにもアレなので集会に参加した」という20代の会社員の女性など、実は強力な政府の下で、さまざまな自分の権利を守る理想的共同体を渇望したといえるのだ。このような意味で、真に自分の権利を主張できる者は、自分の権利がまったくないものというより、ある程度、その権利を持つ者にかぎられる。私たちが脱政治だと呼ぶ現象は、このように、一定に自分の権利を持つ者たちが見せる、無気力なイデオロギーなのだ。このイデオロギーを発生させる焼失点に、「すべてがイミョンバクのせい」だという発火がうごめいている。

結局、すべての問題をイミョンバクから出発させる論理は、イミョンバクから解決策を導き出せるという考えを覆したものにすぎない。逆説的に、イミョンバク反対とはより強力な(またはより効率的な)イミョンバクへの渇望でもあるのだ。もちろん、ここで強力なイミョンバクの意味は、共同体の構成員に自分の権利と誇りを取り戻してあげられる存在への念願でもある。しかし、このようなメシア的存在は現実的に不可能だ。現実性のない企画から、脱政治性と無気力なイデオロギーが発生する。この状況は政治的目的意識を抱いてくれることのできる世界の消滅を意味するが、このような世界の不在は大衆的抵抗を無意味にさせてしまう原因でもある。つまり、先取すべき政治的目的より、共同体構成員の自尊心という価値の問題が中心におかれる。

もちろん、このような条件は左右派どちらにも危機的状況だ。ジマンウォンの告白のように、右派も冷戦時代を懐かしんでいる。そのときは少なくともひとつの「世界」があった。右派は「アカ」を取り消せば先年王国を築けると考えた。その価値の評価はおいといて、鮮明な政治的企画が可能だったということだ。しかし状況はまったく変わってしまった。「生活」というイデオロギーが社会全体をカビのように覆い尽くした。このカビはそもそも世界の存在そのものを否定する理念を食べて育った。イデオロギー的な存在基盤そのものを崩してしまう自己解体的イデオロギーなわけだ。すべてをイミョンバクのせいにして燃え盛ったろうそくは「イミョンバクなものと、イミョンバクでないもの」という分法を生産できたが、それにより、アイロニーなことに、具体的な政治的対象を喪失する結果を生んだ。すべてをイミョンバクのせいにすることは、そのためまったく政治的な戦略だとはいえない。そうやってロウソクは自分の幻想に陶酔したナルシスのやまびこだったのかも知れない。


<先月の京郷新聞「ろうそく集会と韓国進歩の課題」討論会からの抜粋↓>

ノホェチャン(進歩新党代表):発題に共感している。ろうそくを何と規定するか。これが核心主題ではないが、言及があったので、申し上げたい。発題者の方は、初の反新自由主義大衆運動だというが、ろうそくに反新自由主義的な要素があったのは事実だが、その運動そのものを反新自由主義の流れだと見ていいのかは疑問に思える。いろんな要求が出てきたが、狂牛病牛肉の輸入反対が主になっていた。狂牛病牛肉には反対するが韓米FTAには賛成する人々も多かった。

それで、下手をすると過剰解釈をする可能性があると思う。ろうそくの現場で考えてみた。なぜ、ここまで感動的で熱い運動が、幻想的につづくのか。きっかけになり、主導してくれた主題が狂牛病牛肉の問題だったなら、また一方では、政権交代後、意識的、無意識的に作用したものがある。いわゆる87年体制がほぼ幕を閉じ、よりマシな場所へと進むのではなく、逆に反動的に後退したことで、それへの反発が基調をなしていたように思えるのだ。

去年の世論調査を見ると、イミョンバク政府への支持度が9%ほどまで落ちた時期があった。にもかかわらず民主党などの支持は高まっていない。そんなところを観ると、自然発生的大衆運動に大きな意味を見出してはいけない。3.1運動が終わってから、第1の3.1運動のあと、第2の3.1運動を待ったところで、来てはいない。しかしながら、同じ運動は始まってないが、いろんな領域で花を咲かせ、影響を与えたのだ。

人間の努力でまたロウソクが再現することを願うのは論理的矛盾になる。むしろ、ろうそくで現れた様相などを、国民がどう見つめているかを私たちが評価し、その中で私たちの運動が進むべき道を直すことが必要でないかと思う…

国民の皆様。もう一度ろうそくを起こしてください…などと考えるのはムシのいいことだ。国民が動かなくてもいいように、また、私たちが攻め込みながら、国民がついてこれるように、どうすべきかを悩まなくてはならない。

私は、執権勢力を含め、今まで10年間の政権を担った勢力などが、既存の方式ではこれを教科書に入れることができないだろうと思う。多くの人々が、イハンヨルが誰なのかを知らない。87年におきたことを知らない。教科書の記述を読んだだけの人々が20代になり、そろそろ30代になる。386はもうすぐ還暦になるのだ。このような状況で、昔の話ばかりしながら進むことはできない。

光州抗争のせいで労働運動を始めた人が多い。私もその一人だった。そのとき、私たちが夢見たことの中に、「光州抗争のようにまた起き上がってくれないかな」というものもあった。しかし、光州抗争のように起き上がることはなく、6月抗争が起きた。ろうそくも同じだ。国民が起き上がるのを待つのではなく、運動する人々がどうすべきかを悩まなければならない。

民族のことを話してくださったが、民族問題が私たちの国において重要だという考えには反対しない。しかし、これを新しい世代にどうやって理解させるかが問題になる。新しいコンテンツが出てこないかぎり、運動とロウソクの間の距離感を詰めることは難しいだろう。

[PR]
by no_kirai | 2009-05-05 00:58 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ロウソクは敗北したのか


検察の法治主義。


最近、検察の動きが政治的中立だと考える方はいないはずです。記事化されてないため話題になりませんがイジェオ前議員と一緒に公選を左右した側近の中の側近イバンホ、ゾンゾンボクなどを落としたガンギガプ、キムイルユン当選者がどちらも検察から押収捜索を受けました。今もガンギガプ代表に対する出席要求が続いています。物証は当然ありません。ハンナラ党で選挙法違反嫌疑で告発された数多くの議員は警察が検察に譲り、また検察は警察に譲り互いにキャッチボールしてると記憶の向こうに消えました。


イミョンバク政府の法治主義


凡仏教集会は明白に青瓦台の宗教政策を批判するための政治集会です。ロウソクデモに数十万が集まったときも確かに違法政治集会でした。そのときは跪くふりをした政府がどうして最近のロウソク集会は殴り倒すでしょうか?数です。重要な事実はこのような価値判断の根本前提が法と原理によるものではなく徹底的に力の論理によるということです。これがまさにイミョンバク政府が話す法治主義のレベルです。違法集会に兵力さえ配置しないといいます。

これまでイミョンバク政府が消極的な対処をした理由は簡単です。補欠選挙で惨敗したからです。8月になって強硬になった理由も簡単です。教育監選挙で勝ったからです。徹底とした力の論理です。これが現政府が話す報知主義の実態です。弱者は殴り強者に跪くこと。卑劣です。もともとそのような集団です。ハンナラ党の現政府は。ならばある意味、解決策は簡単です。力で抑えるのです。

More
[PR]
by no_kirai | 2008-08-30 13:42 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ロウソクはなぜ未完なのか (ハンギョレ、8月14日)

-前略-ろうそく100日が生んだ最高の果実は’ろうそく市民’の誕生だ。この点について座談者たちの意見の違いがなかった。「たとえばロウソクに参加してみた’乳母車部隊’の女性たちがこれからロウソクの前のように生きられるだろうか。彼らはすでに世の中に対して不便になっている。啓蒙と覚醒を成し遂げた個人の誕生は社会発展の重要な動力だ。」キムホギ教授の分析だ。

キムミンヨン処長も「共同行動で世の中が変わるということを知った覚醒した市民たちが登場し、これを背景に新しい形の社会運動組織が出現するはず」だと話した。ジャンソクジュンチーム長は「インターネット疎通を通じて情報と知識を得て決意を引き出した’慣れない行動の仕方’はこれからも続くはずで、この過程で今回のロウソクより更に明確な代案を持つ運動が生じる可能性が充分にある」と話した。

More
[PR]
by no_kirai | 2008-08-21 01:06 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

パクノジャの見たロウソク集会

ロウソクを持った10代とイミョンバク (2008年5月21日、京郷新聞)

韓国現代史で10代たちが街へ出たのはイスンマン打倒を叫んだ以降、なかったことだ。学生運動が活発だった1960~80年代にもほとんど大学生が動いた。日帝時代には高校生たちが熱心に政治に参加し、50年代末までも参加したがそれからは入試のせいなのか参加がなくなった。それが今再び蘇ったようで喜ばしい。

放送・動画を通じてみたロウソク集会の姿は古代ギリシャ民会の姿を彷彿とさせる。昔、自主派側で主催した集会は画一的にフレーズを叫ぶばかりだったが、今は本当に様々な話が出てくる。中央舞台で牛肉再協商を求める声が出るかと思うと、また別の片隅で爆発した医療保険民営化、教育自律化に対する声が再び中央舞台に進出する。学生たちは既成の運動圏に比べてはっきりとした自分の関心ごとを持って運動をしているようだ。これは10代たちがほかのメディアよりインターネットを更に多く見ることとも関係がありそうだ。長所と短所があるだろうがインターネットが情報がより多様な側面があり、相互疎通が可能な点もある。

More
[PR]
by no_kirai | 2008-08-21 00:41 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ロウソクの以降の展望と、立場の整理

私は青渓広場に閉じ込められ、ろうそくを手にとって歌を歌った文化祭に何回か出たことがあります。そして終わってから友達と一緒に「ここで包囲されてマスターベーションをしたところで何になる?」と挫折して家に帰ったことがあります。そして5月24日。家に帰る途中、市民達が街頭に出てきたという話を聞き、私も飛び出していきました。

そして3ヶ月。ペンタポートロックフェスティバルを見に行った7月の最後の週を除くと、飽きるほど集会に参加しています。金曜の夕方に出て月曜の夜明けに帰ったりもし、消火器と水大砲にびしょ濡れになって帰ったこともあります。そして一緒にいた市民達と論争しました。

「私達はどこへ向かうべきか?」
「私達はなにをすべきなのか?」

More
[PR]
by no_kirai | 2008-08-11 15:32 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

神話と民乱の岐路に立った2008年ろうそくデモ

(2008年6月28日に書かれたブログの文章です。)

1.神話になった2008年ろうそくデモ


'朝露談話'に続く'告示強行'は2008年大韓民国ろうそくデモの第2段階を開いた。しかしそれと同時に'ろうそくデモ'は'現実(reality)'ではなく'神話(myth)'になってしまった。もうこれ以上1段階での'クール(cool)'で面白く魅力のある民衆デモの理想を取り返せなくなったからだ。イミョンバク大統領の取った'子供をなだめるレベルの欺瞞策'は成熟した市民達から予測範囲以上の激烈な失望と怒りを引き出した。そしてこの自制できなかった裏切り感はそのまま'行動'に変換されたが、残念なことにこれは'昔からそうであった方式'、つまり公権力との極端な物理衝突へと至ってしまった。しかし実のところ、私達はわざわざこのような'汚い戦争'をしなくてもよかった。より痛烈な諧謔と風刺で権威を否定し、より効果的な打撃を与えられる新しい戦場を見つけて行って神話'を続けていくこともできた。いったい誰がこんな'彼らのための古い戦場'に私達を導いたのか?そして私達はなぜ彼らを追い死地へと入り込んだのか?もしかして元々ろうそくデモはこうなるしかない運命だったのか?

More
[PR]
by no_kirai | 2008-08-10 17:30 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

ろうそく、100日を語る (ハンギョレ、8月8日)

ろうそくは消せない…デモ方式には意見が分かれる 原文

「ろうそく」の主役は全ての市民だ。しかし決定的きっかけを作った人々は存在する。

10代はろうそく集会の初期、誰も予想しなかった「溌剌さ」で大人たちを広場に来させた。既存の社会運動団体も動かないうちにろうそく集会を準備し主導した政策カフェ(訳注:ネット上のカフェの意)と生活カフェの凝集力と実践力も世の中をびっくりさせた。

彼らは今、これまでの100日をどう評価するだろうか?誰よりも積極的だった彼らに今何が残り、これからはどう行動するだろうか?<ハンギョレ>はろうそく集会の現場で会った10代11名と政策カフェ運営陣7名、生活カフェ会員10名を深層面接し、彼らの話を聞いてみた。

More
[PR]
by no_kirai | 2008-08-10 10:01 | ろうそく集会(デモ/文化祭)

<中央日報>の、時局を見る目

以下は7月12日に書かれた文章です

[編集者コラム] 李明博を挫かせたろうそく、市場には勝てない

ろうそくデモは最近、小康状態だ。デモが暴力に走り、市民ではなくデモ屋の祭りが行われ、インターネットに横行したあらゆる流言蜚語が嘘だという事実が暴露されて、ろうそくは動力を失っている。MBC「PD手帳」の狂牛病報道に真実性が疑われていることも影響を与えたはずだ。

-> ろうそく集会が小康状態なのは警察の暴力鎮圧と無差別連行のおかげだ。「明博山城」を作るなど疎通を叫ぶ市民を刺激し、ろうそく集会の暴力性が1なら警察は10の鎮圧で対処し、事態が悪化したのだ。宗教界の緊急介入で完全な非暴力集会になると、警察は集会を未然に封鎖すると共に超法律的連行(ミランダ原則告知無視、歩道ブロックにいても手当たり次第に連行、旗を持った人は医療チームでも連行)で市民に恐怖を与えた。失われた10年ではなく20年だった。誰かが死んだとかいう流言蜚語なら当然、流布者を処罰すべきだ。しかしろうそく集会参加者にリンチを加える保守団体を擁護する行為などは流言蜚語ではなく事実だった。MBCの報道への攻撃こそ事実性がない。

More
[PR]
by no_kirai | 2008-07-16 06:47 | ろうそく集会(デモ/文化祭)