天安艦事件の結論はこれだ!


北朝鮮の潜水艇が降りてきたが米軍潜水艦に見つかり撃沈、報告を受けた米軍司令部はこの状況を政治的に利用するため、通りすがりの天安艦にバブルジェット魚雷を発射。天安艦はこれに撃たれ進路を離脱し近くの海岸へ行こうとしたが暗礁に衝突し2次破空により沈没した。それから米軍は船体引き揚げに協力するふりをしつつ、保管していた北朝鮮魚雷の残骸を海に沈めた。このすべては普天間問題を外部的に解決するための日本の暗躍が、東北亜の緊張関係強化で武器販売をしようとする軍産複合体の意図と一致した結果だった。

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# by no_kirai | 2010-05-27 07:34

天安艦陰謀論について思うこと

筆者は天安艦被撃による犠牲者たちには憐憫を抱いているにもかかわらず、調査結果が出るまでは事件そのものについてたいして関心を持たなかったほうだった。理由は次のとおりだが、天安艦の沈没が北朝鮮の行いでないとすれば、たしいて意義のある事件だと見ることが難しく、北朝鮮の行いだとすれば、いかなる直接的情報も接しえない民間人の立場からは正式調査結果が出るまでは迂闊な予測を自制することが望ましいと考えたからだ。したがって調査団の発表によれば北朝鮮の行いということが確実になった現在の視点に来て、天安艦被撃について思いを綴るくことができるようになった。

調査以降に出ている反応の中で興味を惹くものが、天安艦被撃への一角の反応である。私としては今まで調査団が発表した内容は、合理的常識人なら収容できる十分な根拠を提示していると考えている(ペンで書いた文字がユーモラスなのはたしかだが、調査団が直接書いたわけではない以上、ハングルで部品表示をしておく国家が北朝鮮のほかにあり得るか?)。すでに○○○氏が「責任を問うのも良し、異見を提示するのも良し」という文でとても適切に指摘してくださったが、「陰謀論はつねに『権力の愚かさ』を『権力の全知全能さ』だと勘違いすることで発生する」という鋭い指摘は再び引用する価値があるので、この文で再言及しておきたい。ほかの多くの合理的根拠の代わりにペンが強調されたことはたしかに「権力の愚かさ」かもしれないが、それが各国の人事たちの目をすりぬけて調査結果を操作できる「権力の全知全能さ」に繋がるものではない。また、陰謀論それぞれへの反論は△△氏が「様子がおかしいもので」という文でわかりやすくまとめてくださっている。

私が一番気になる点は次のようなことだ。もし調査団の発表が陰謀による操作だと主張するなら、これはまた別の質問を内包していることになるが、「本当に天安艦を沈没させた主体は誰か」という質問がそれである。そしてこの質問はイミョンバク政府に対する好き嫌いに関わりなくとても不愉快な答え<政府の自作劇>から「比較的」常識的な(比較的に注目願いたい)答え<米軍のミス>まで、そのバリエーションが枝分かれされるが、どれを取ってもオッカムの剃刀という原則から外れる非論理的推論だという点は同じだ。しかも推論の非論理性は置いておくとしても、非論理的推論まで動員して死亡した将兵たち(今、筆者は意図的に「殉国」という表現を使っていない。天安艦に搭乗していた大多数の将兵はきっと生きたかったはずであり、そのため今回の事態の主犯は厳密に解明し、責任を負うべきであろう)に対する憐憫より、政府に対する自分の嫌悪を表出することは、あまり人間的な姿勢とは思い難い。陰謀論を提議する者たちは犠牲者たちの報いを払わせるために本当の主体を探しているのか、それとも犠牲者を理由にして自分の不満を表出するための対象を探しているのか?

もちろん、調査団の意図せぬミスにより見当はずれな結果が出た可能性が完全にないと100%言い切ることはできないが、少なくとも調査団の故意的陰謀により結果が操作された可能性は0%に近いと言いきることができる。筆者が見るには陰謀論を提議する人々の世界観はとても単純なものに見える。つまり、彼らによれば調査団と政府、国防部の関係者らはすべて国家的陰謀というおぞましい秘密を作り共有できるほどに同一な利害関係を共有しており、同一の世界観を持っていることになるが(もしこのような一致がなされないとすれば、決して謀議は成就できないであろう)、問題は現実はそうではないという点にある。筆者が保守のシンクタンクである韓半島先進化財団の関係者から私的な経路で聞いたかぎりでは、財団で主催した天安艦関連討論会で退役将星らと保守言論関係者たち、現職軍将星らがお互い別々の声を出したと言う点を明かしておくとして、イミョンバク陰謀論を主張するたよりない人々のために付け加えるなら、政府のシグナルを送った現職軍将星はむしろ慎重で合理的な対応を強調したという点を言及しておくべきだと思う。

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# by no_kirai | 2010-05-22 01:49

ろうそく集会を追憶する

私はろうそく集会に毎週末ごとに通っていた。狂牛病怪談のせいであるはずもなく、私が学んだ憲法が無視されるのを見たくなかったし、人々が殴られるところを見るのも嫌だったことが、しつこくろうそく集会に出席した理由であった。人が殴られるところを代わりに殴られてやり、人が連行されるところを代わりに連行されてあげるために参加した。(ところで調書を書くとき、なんとなくボルテールの言葉を引用したが、それがそのまま調書に入ってしまって今思い出しても鳥肌の立つ世紀の中二病調書が誕生してしまった。ひどい。それって公式記録で残るんだぞ…)

ろうそく集会はさまざまな姿を持つ集会だった。集会に出た個々人の理由も様々だった。私のような人もいれば、検疫主権や食糧安保を話したかった人もいたし(個人的に、それはちょっとどうかと…)協商過程が気に入らなかった人もいれば、本当に狂牛病牛肉が食べたくなかった人もいた。狂牛病牛肉を食べたくなかった人々だけを見ても、いま朝鮮日報が書きまくっているように不和雷同した人もいれば本当に狂牛病牛肉は危険だと考える人もいた。たとえば平素から親環境食料に興味があり、子供に良いものばかり食べさせようとする母親たちがいた。集会の姿も様々だった。私が見ただけでも数十種類の姿を表していた。ある日は本当に祭りの雰囲気であったし、またある日は静かに行進した末に、警察が防ぐとそのまま解散したり、何人かの人が危険にも什器を殴り壊した日もあった。同じ日同じ時刻の集会にて、このすべての姿が演出されたりもした。

このすべての多様性を認めようとしないでいるため、ろうそく集会に対する論乱が収まらないのだと思う。不和雷同した一部の人たちと什器を殴り壊す姿のみを見たがる人がいれば、自発的に集会に参加した胸躍る祭りの姿だけを覚えたい人もいるのだろう。私はどちらも肯定的に見たいと思うが、前者に集中する人々は前者を悪く思っているようだ。とにかく、そのように様々なろうそく集会の一面だけを見ようとするから喧嘩になるのではないか。どの姿であれ実在したため当然証拠は残っているし、互いに別の証拠を突き付けて自分が見たことだけが正しいと言い張るため話はずっと平行線だ。

個人的な考えだが、ろうそく集会に与えたかった意味はこのような多様性にあった。

それはそうと、もう過去のことになったろうそく集会の話を再び持ち出した朝鮮日報の意図が気になる。オフラインはともかく、オンラインでまた論乱が広がれば与党に不利な流れが作られるかもしれないのに、朝鮮日報内に実はプラクチがいるんじゃないかって気になる。

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# by no_kirai | 2010-05-15 23:08

朝鮮日報の狂牛病特集


朝鮮日報がキャンドル特集なるものを出した。社説まで動員し狂牛病怪談によってキャンドルが発生したという「右派の視線」を繰り返すものだった。それで終われば選挙を前にした確認射殺ぐらいだと思われスルーされたかもしれない。しかしイミョンバク大統領がそれに便乗したことで局面が変わってしまった。キャンドル政局のとき「反省」したことが本心ではなかったという事実を天下に知らしめたようなものだからだ。「ウソつき大統領」という更なる変数が加わった。

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# by no_kirai | 2010-05-14 13:32

今回も朝鮮日報の勝ち戦


人間魚雷がなんとか、ありえない話ばっかりして防御姿勢を取っていた朝鮮日報が、ついに牙をむきました。狂牛病キャンドルデモに対する朝鮮日報の評価に、またもや騒がしくなってきました。朝鮮日報の企画シリーズ物に対し、青瓦台もまた口調を合わせ、オーマイニュースが反論シリーズを編成して対応しています。


この攻防がつづくと、これを客観的にどっちが正しいか評価しようとする人々がいますが、正直無駄あがきだと思います。これは、選挙を目前として朝鮮日報が設けた一種の政治的介入だと思われます。彼らは冷静で公平な評価をしようってわけじゃない。アジェンダを立て(選挙前に)自分たちの勢力をまとまらせようとする行為です。青瓦台がこれに同調する理由もここにあります。投票しに行きたくなる名分を与えようとしているのです。

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# by no_kirai | 2010-05-13 10:39