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ノルウェーの新聞

韓国で保守言論に接するたびに感じていた疑問がいくつかあった。

とても理解しがたい謎だといえるが、その一つは、もっとも注意深く見ていたロシアと東欧圏関係の記事だ。報道というよりは、むしろ小説に近い内容を、どうしてまともに監修すらしないのかが疑問だった。今も自分の息子を砲煙に満ちたチェチェンの戦地に送り出したロシア将校に対する、センチメンタルな賛辞で一杯の、ある保守新聞の小説のような記事が記憶に新しい。

もちろん、その記者が部下を金の代わりに労働の場に売り、チェチェン戦役を殆ど廃墟にしたロシア官軍将校について全く知らずに現地の御用言論をそのまま「写し書き」したとしても、韓国の「メジャー」を自称する新聞社なら、少なくとも編集室でこのような水準以下の記事は正すべきではないかと思ったのだ。

「小説を書き上げる」行為は一般読者が確認しづらい海外関連の記事に限らない。国内の労働運動についての叙述視覚と内容もまた、まさに「反労働的」だといえる。多くの場合、労働者の闘争は丸ごと黙殺される。たとえば1年以上かかった韓国通信非正規職労働者のストとデモは殆ど扱うことすらしなかった。韓国社会の新しい「賤民階級」に浮上した非正規職労働者に対する保守言論の全般的な態度は無視と無関心だ。無視しがたい地下鉄労働組合のストについては「市民の不便」を実際より膨れ上がらせるか社側の立場を合理化することが茶飯事である。そのような側面で韓国の保守言論は資本の宣伝機関にしか見えない。










そして戸惑う購読者には景品を、頑強に拒否する人には何年間も無料の新聞を送り込むほどの財力が果たしてどこから出てくるかがとても気になっていた。2年近くたった一銭もかけず毎日「ただで送ってくれる」ある主要保守日刊紙を貰って読みながら、私は国際通貨基金(IMF)危機にもかかわらず世にも珍しい「無料新聞」を作ってくれるその言論財閥に感謝すべきか、それともその日刊紙の広告維持能力を世界最高だと認めるべきなのかが最大の謎であった。

主要財閥言論たちが行った類見れない脱税がある程度明かされた今になって、私を驚かせたその財力の源泉が何なのかを推測することが出来るようになった。広い視点から見れば、長い間、脱税をしてもいいという黙示的な特権を土台に経営されてきた巨大新聞社たちが、今やっと、彼らが愛してやまないパク・ゾンヒの「特恵資本主義(後進型開発独裁)」から正常的な資本主義へと移動できるようになったのだ。もちろん、税金を定期的に払うという至極正常な経営条件を、「弾圧」だと呼ぶ彼らに「正常」と「非正常」を分別する能力が未だに備わっていないことが問題だが…

ノルウェー新聞事情に関連して真っ先に目に付いたのは、韓国とはまるで違う新聞市場の多様性だった。どれだけオスロの外郭に陣取るスーパーマーケットとガソリンスタンドの新聞販売台だとしても、ベルゲン(Bergen)、スタヴァンゲル(Stavanger)のような地方都市の日刊紙が必ず置いてあった。ソウルの裏路地のスーパーマーケットや街販台で果たして釜山や光州の日刊紙を見つけられるだろうかという考えが自然に頭に思い浮かんだ。全国的に売れる地方新聞のベルゲン市の日刊紙<ベルゲンス・ディデンデ>の発行部数(約9万部)が中央日刊紙の中で最高部数を誇る<ベゲ>(約37万部)の4分の1にもなるという事実を知ってから、またもや驚くしかなかった。地方新聞の部数が<朝鮮日報>の4分の1に至ることが想像できるだろうか?このような違いの原因は、空間的な位階秩序を「後進性」と同一視するノルウェーでは「地方」を軽んじる風土は想像できないということにある。

ノルウェー地方日刊紙の成功的な全国販売を説明してくれるもう一つの理由は、ノルウェー新聞たちの堂々で率直な思想・理念志向である。「穏健左翼」を標榜する有力日刊紙<ベルゲンスディデンデ>は全国的にその理念に共感する全ての階層を潜在的読者層と想定して販売戦略を立てる。その逆の「穏健右翼」理念を掲げ<ベルゲンスディデンデ>に少し満たない部数を販売するトロンヘイム(Trondheim)の<アドレセ・アビセン>の「理念的」販売戦略も同様である。公然に「理念の終末」を叫びつつ事実上、商業的極右主義に邁進している韓国的「主流」日刊紙とは完全に別の方向だ。

ノルウェーの新聞市場は理念と思想において信じられないほど多様だ。ここでは(極右派の消息誌は名実ともに新聞に発展することが出来なかったが)穏健右翼とキリスト教系の右翼、穏健左翼(現在の執権与党の労働党)と緑色主義・国際主義的な知性系の左翼(二度目の左翼政党、社会主義左翼党)、労働者共産党(AKP)のような各種理念的政派たちの路線にそれぞれ公開的に同調する様々な言論が各自、それなりの読者層を確保している。

もちろん、ノルウェーの新聞社も企業体であるため、無料誌の撒布や高額の景品のような原始的な形ではないが、販売競争を行う。特に部数が相対的に多いタブロイド形の一部中央日刊紙たちはいわゆる韓国のスポーツ関連新聞に負けないほど芸能人の私生活など、様々なスキャンダルを競争的に掘り下げたりする。しかしタブロイドではない総合日刊紙らは、販売競争をするよりも各自の分野と観点における報道の質を上げ、読者層を拡大する。たとえば穏健左翼の路線をいくオスロの<ダックス・アビセン>のようにノルウェーで国内の人種・文化差別や海外の社会問題を深層的に分析する新聞は珍しい。同様に、労働者共産党の機関紙<グラッセンカムペン>(直訳すると「階級闘争」)は農漁村の問題と証市の矛盾点、旧ソ連及び東欧圏の貧困と大型の不正腐敗の社会科学的な深層分析で独特の境地に至った有名な日刊紙だ。マルクス・レニン主義的共産党機関紙<プリヘテン>(直訳は「自由」)の場合は、他の新聞が殆ど扱わないイスラエルの対アラブ侵略史やシオニズム(イスラエルの御用民族主義)の人種主義的側面などに対する啓蒙的記事を載せることが多い。新聞ごとに独特の「特技」を持っているようなものだ。

民営企業の不条理と経営体系の不備な点の論理的な分析で有名な<グラッセンカムペン>の何人かの記者が、唐突にノルウェー最高の経済専門日刊紙へスカウトされた話は有名である。理念の違いをはっきりと明かしてこれを認める社会のため、入社課程で私的な理念よりは才能と資質を重視するという話に思える。

釜山の人口に該当する総人口430万名に、84個の日刊紙が溢れ出すノルウェーの新聞市場はそれこそ多様性そのものだ。各政党が自らの理念と政策に同調する言論や直属の言論を率いているのはもちろんのこと、地方ごとに平均で6~8個に達する日刊紙を発行する。発行部数が5000~2万部に過ぎない大多数の日刊紙の生存の秘訣は何だろう?それは人気のない小型の新聞であるほど、国家が逆により多い発行経費を支援する補助金制度だ。

黒字の幅が一定額を超える商業形の新聞を除いて総合時事日刊紙ならどこでも貰えるこの補助金の分配原則は、部数の少ない新聞と少数民族のための非ノルウェー語新聞、特定の地方で部数が比較的に低い日刊紙と特殊な理念・宗教を標榜する新聞、政党機関紙などに優先権を与えるものだ。即ち、「色が違う者」と「マイノリティ」に最優先権を与えていることになる。1年に約2000万ドルに至るこの補助金のおかげで、ノルウェーの現実を最も批判的に分析して掘り下げる労働者共産党機関紙<グラッセンカムペン>も助けられる。政党の機関紙であり少数者(発行部数約5000~6000)だからだ。政府を「資本家階級の下手人」だと呼ぶ思想的「異色集団」に政府が巨額を支援することは驚くべき現実だ。このような現実が存在しうる理由は、政府が新聞の内容に干渉しては決していけないということがここの法であり慣習だからだ。

国庫補助金に助けられた新聞市場の多様性のおかげか、ノルウェーはヨーロッパで人口ごとの新聞販売比率が最も高い。1000名いれば607部が売れるというのはドイツ317部とイギリス321部はもちろんのこと、同じスカンディナビア国家スウェデンの472部よりも多い。収益を出すべきだという負担から脱し、新聞の質が大幅に良くなったからだ。ロシア北方の核廃棄物問題についてノルウェー左翼新聞らが深層報道した内容を現地のロシア新聞が翻訳して特集にするほどで、このことはノルウェー新聞の質がどれほどかを端的に見せてくれる。もしここで韓国の某有力日刊紙のようにチェチェン戦争を賛美するロシア御用メディアをそのままパクって記事にする新聞があれば、たぶん国民の蔑視と大々的な不買運動の対象になったはずだ。

紙面の質ではない税務特恵と読者に対する景品贈呈で勝負しようとする韓国の保守日刊紙が先進化する日はいつ来るだろうか?景品より新聞報道の観点の独自性と深さ、独特な傾向を重視する質の高い読者層が形成されてこそ、解決の糸口が掴めるのではないだろうか ― パク・ノジャ著「左右はあっても上下はない(2002年刊)」から抜粋 ―
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by no_kirai | 2008-07-30 02:22 | 朝中東と韓国言論
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