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私たちは「面倒くさがり屋」で「政治に興味がない」からこそデモしている

私たちはめんどいし非政治的だからデモする

市民達が街に出てきている。どうしてだろう?
これまで人々が政治に関心を持たず世俗的になっていくという批判が多かった。非政治的だったその人々。つまり芸能番組、恋愛、ドラマ、ゲーム、インターネットに夢中で公務員試験を準備していた、金だけを追い求めていた人々がどうして出てきたのだろうか?今回の事案がそこまで重大なものだったからだろうか?
私はそうではないと思う。
人々が出てきた理由は、これまでのように非政治的に生きたいからだ。









去る10年、ハンナラ党が執権できなかった期間、政治家達はいつも煩く喧嘩していた。いつも政府の政策に反発する勢力がいて、いつも言争が飛び交っており、いつも色んな声があった。一つの政策を施行するのに多くの論争が飛び交い、それが政治的な意図を持つ時も多かったし、中途半端な時もあったけど少なくとも今のように拙速に迅速に検証なく取り掛かる場合はなかった。戦いは国会に限られず市民団体と言論でも行われた。彼らの意見がまとめて無視されることは考えられなかった。

ところが李明博政府は100日間、挙げては妥結され試行され始めた政策があまりにも多すぎる。野党の反対が微弱で無力な上に、しかも与党の反対さえも無視されている節がある。市民団体の言葉をないがしろにするのは当たり前になった。ハンギョレは大型会社の広告が消え経営が不安になり、巨大新聞社「朝中東」は政府賛美にだけ力を注ぎ反対意見には縮小と歪曲、無視で対応している。
国会は、青瓦台は戦わない。盧武鉉政権の当事、何か言ったとたん青瓦台内部で反対意見が上がり、それによって洗い落とされ再検討と補充がなされたといえる。しかし今は森羅万象が大統領の足元にキスすることで忙しい。
政策に完璧はあり得ない。数多くの例外的状況があり相反する利害関係があるため、いくらいいものでも全てにとっていいわけはない。だからこそ反対意見の存在でそんな副作用が補完され研ぎ澄まされていける。大王世宗というドラマで世宗大王は岳父を殺めた臣下を「自分の意見に反対する」という理由で辞表を受理しなかった。
国民達が政治について関心を止めることができたのは政治人達が戦っていたから。政府の政策を反対する人には反対する政治人が代弁人として存在していたし賛成する人は政府が反対に立ち向かったから平気だった。私達は直接民主主義が不可能な上に面倒だったからしていなかったのだ。国会にいる人々は国民の意志を代弁する人々であったし彼らが戦っている以上、私達はいかなる政策も無条件には試行されないと信じることができたし、結論が気に入らないとしても、それは自分側の主張が不十分だったせいだけどとりあえず反映はされていたことを知っていた。
国会議員が毎日のように喧嘩をしていることを批判していたが、実のところ彼らはそうすべき人たちだった。国民が様々なら彼らの意見も違うのが当たり前だ。むしろ満場一致こそが民主主義として終わっている。

私は正直、政治そのものに関心がない。私は重要だといわれる歴史でも年度と事件の名前の他には興味がわかない。私の関心分野は文化芸術と生態と建築だけどそれについて私の考えを整理して私が何をどうすべきでどう生きればいいかを考えることがもっとも興味深い。もちろん世界を理解したいという私のテーマと関連して政治はいつも含まれている。しかしこのとき政治とはその時の事案ではなく大きな絵として近づいてくる。
私がこれまで大運河、民営化、牛肉協商、英語教育、非平準化教育について語りながらいつも言っていたことはうっとしいったらないということだった。なぜ私がこんなことをいちいち気にしていなければならないの。ということだ。

今、ろうそく集会は直接民主主義だ。しかし彼らの中の誰も直接民主主義をしたくてしているのではない。それぞれやることも多くて興味もバラバラに分かれている。私はあらゆる親睦、趣味の同好会から出てきた人々を見ながら思った。この人々は趣味生活ができなくなったことがうっとおしいんだな。自由発言をしていた高校生が「学生の本分は勉強だと仰いますが、私達が心置きなく勉強ばかり出来るよう、大人達がしっかりしてください!!」といっていたことを思い出す。

国民は関わるのが面倒くさい。その面倒臭さのおかげで公約についての判断が不足したまま議員選挙を行ったのだと思う。
その面倒くささのおかげで、大統領が道徳的にどうであれ、公約のおかしさに関わらず、私を儲けさせてくれて、その金で私のしたいことができればオッケーだという考えから今の大統領を選んであげたわけだ。
ところが結果的に知らんぶりができなくなり、国民達はこれから4年7ヶ月間、面倒が続くことを鬱陶しく思い、徹夜も厭わず毎日毎日、街へと溢れ出てきているのだ。

私はやることが多い。
私は私の勉強で忙しい。
私の悩みで一杯だし、余る時間があっても遊ぶか寝たい。
放っておいてくれ。
私は政治人ではない。
あなたがたでなんとか上手くしてみろ。
これから私の最小の義務事項である選挙を、前よりは誠意を持って行うので、
それからのことは自分らでしっかりやってくれ。お願いだから!!!


以上は韓国の個人ブログの書き込みから転載しました。

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by no_kirai | 2008-06-12 03:54
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