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金大中大統領インタビュー(2009.07.17)

*キムデジュン元大統領は、入院3日前の7月10日金曜日午前、私邸の応接室でイギリスBBCTVのJohn Sudworthソウル特派員と約1時間ほど放送対談を行っています。(BBCの韓半島特集に含まれて放映される)以下は対談全文。

特派員:現在の韓半島(朝鮮半島)の状況と、現在の政策についての大統領の見解についてお聞きしたいと思います。

金大中:とても心配しています。去る10年の間、南北の緊張が大きく緩和され、多くの往来のおかげで民族大結合の可能性が大きくなりましたが、今はその傾向を逆行しているため、とても心配です。

特派員:私が韓国に到着した当時、ノムヒョン大統領の平壌訪問が成し遂げられ、楽観論が膨らんでいました。合議文の署名もありました。当時の言論人らは、南北和解、協力の重大な何かが成し遂げられる可能性があると話していました。ところで状況がこうも早く反転したことに驚くばかりです。

金大中:私が2000年に平壌に行ってから10年間、南北関係は和解協力的方向へと進みました。それで南北関係が不幸な方向へは向かわないだろうと考えました。

和解協力の新時代を開いて行けるだろうと期待しました。ノ大統領の退任後、事態が急変し、今は第2の冷戦時代が来たのではないかと思われ、とても悲しい。どうしてこうもいきなり変われるのか?まるで夢を見ているような気さえします。心の中の心配事は数知れません。




特派員:最近、韓半島の緊張が高まりつつあります。北韓(北朝鮮)は核実験とミサイル発射を行いました。関係悪化の責任は誰にあるのでしょう?

金大中:この問題については、私は両方が互いに責任を問うていると考えており、それなりの理由もあります。北韓は1994年、核を完全に放棄しました。2000年、私が大統領の頃、北韓は長距離ミサイルを持たないと合意しました。

キムジョンイルは父キムイルソン主席の遺言が韓半島非核化だといい協力しました。良い雰囲気でしたが、クリントン大統領の退任後、ブッシュ大統領になってからアメリカと北韓が合意したジェネバ協定は破棄されました。協定によると、北韓は核を諦め、アメリカは韓国と協力し軽水炉を建ててあげ、国交正常化および経済支援をすることになっていました。

しかしクリントン政権が終わったとたん、実践されることがなく、一挙に無視されました。それで北韓はNPTを脱退し、IAEA要員を追放し、アメリカとの対決主義へと向かいます。ブッシュ政権6年の間、北米関係はとても悪くなりました。しかし、結局、アメリカと中国の協力で6者会談が開催され、ここで2005年9月19日の共同宣言に当事国らが合意することになります。

この声明にて'北韓は核を諦める。アメリカは北韓と国交を正常化する。韓半島の平和体制を樹立する。アメリカは北韓へ経済援助を行う。このすべては同時に行う。'という内容が込められています。以降、合意どおりに進んでいたのですが、北核検証の問題が浮き上がり、北米関係が交錯状態に陥ります。そしてブッシュ政権が終わり、オバマ政権がはじまりました。

オバマ大統領の就任で人々の期待が大きかったのですが、彼は'世界のすべての国と対等に対話したい。特に北韓とイランと対話する'と話したことがあります。しかし、状況はそうは進まず難しいところに至っているので、とても残念です。

特派員:北韓が核実験をし、ミサイル発射をしたとき、外部の世界としては強硬な体制を取るほかに代案がありませんでした。

金大中:私の話したいことは、北韓は一応、核を放棄した前歴があるということです。1994年ジェネバ協定によって核を放棄していました。それがブッシュ政権により問題が悪化しました。結局、ブッシュ大統領も圧迫一辺倒では無駄だということを認識し、2005年に合意を成し遂げました。

私は、北韓と残りの5者が合意した合意事項さえ守れば、問題は解決すると考えています。そのほかには事実、ほかの案がないのです。戦争がいいでしょうか。経済制裁に効果はありましたか。このような方式は、東北亜の緊張を増加させるだけです。

私は北韓とアメリカが、自分らが合意した2005年9.19合意に立ち戻り、北韓は非核化し、アメリカは北韓を国家として認め国際社会で経済活動ができるようにしてあげ、アメリカと北韓にもそれぞれ大使館を置いてやっていくべきだと考えています。そのほかには道がないのです。

それに同じ共産国家の中国とベトナムを見ますと、アメリカと戦争をしましたが問題を結局、解決しているではありませんか?北韓だって不可能ではありません。私は国交が正常化すれば、北韓は第2の中国、第2のベトナムになると確信しています。そしてこれは北韓の熱望でもあります。それでアメリカは6者会談を通じて、北韓にもう一度チャンスを与えるべきだと思います。

特派員:現在、イミョンバク大統領は'日差し政策(太陽政策)を通じて韓国が得たものは殆どなく、北韓が核武装することを助けることになった'と話しました。これについてどう反駁いたしますか?

金大中:北韓が核を作り始めたのは1994年です。当時、カーター大統領が北韓へ行き、ジェネバ協定がありました。私が北韓と接触したのは2000年です。6年のブランクがあります。それに私たちの政府は、北韓に現金を与えたことがありません。代わりに、毎年20-30万トンずつの食糧と肥料支援を行いました。

そんなもので核を作ることはできないではありませんか?同時に、南北関係は活発となり、開城工団事業と各種交易で、周知のとおり南韓の金が北韓へ行ったり、北韓の金が南へ来たりもしています。これは当然のことです。また、北韓は中国およびいろんな国々と交易し金を稼いでいます。いかなる面を見ても、南側が北韓を助けたため核武器が開発されたという主張は、そう信じたい人以外には説得力を持ちません。

特派員:あらゆる面から見て、かなりの金が開城工団事業や金剛山観光事業のために使われたということは否定しがたいですし、南北頂上会談がある前に北へ金が流れたという説もあります。このような対北支援になんの条件付けもしなかったことは過ちではないでしょうか?

金大中:北韓へ金が行ったことは事実ですが、頂上会談の前に北韓に金が行ったということは、ヒョンデ(現代)が北韓での事業権を得るために金を提供したということは把握しています。しかし政府が北へあげた金はありません。ヒョンデは金剛山観光、開城工団、北韓の豊富な地下資源開発、インフラ施設、造船所、鉄道などの建設を条件にし、法的権利を確保しました。

ヒョンデが自分でリスクを負ったわけです。南北関係が正常化するなら、ヒョンデのこのような権利は蘇るでしょう。私たちが北韓にあげすぎたというのはウソです。過去に北韓は、南韓を仇だとし、抹殺すると話していました。それで南側に対して、徹底とした防御体制を構築しました。2000年6月15日、南側の大統領が北韓へ行き、和解の手を差し伸べながら、南北が対等に立ち、協力しようと話しました。

北韓の人々はびっくりしました。それから10年の間、南北は過去の'仇'だという考えから'同じ民族だ。助けてくれてありがたい'という気持ちへと変わることになります。やがて文化的な変化まで起き、北韓の人々が南韓の大衆歌謡を歌ったり、映画も観るようになりました。このような変化で市場経済の徴候が現れるようになり、北韓政権はこれにかなり当惑したと聞いています。

私は、金も金ですが、互いを怨敵としながら暮らしていた人々が握手をするようになり、南側の文化が北に伝わることで裂けられていた民族社会が再結合できるようにしたことは、金の価値では説明しがたい成果だと考えているのです。
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by no_kirai | 2009-09-08 01:16
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