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誰がノムヒョンを殺したか


この記事からの抜粋。あんまり中身のない記事だったが、訳したのが勿体無いのでせっかくだから投稿しておく。


(前略)

今までの6年間の多くの事例が証明したように、韓国の既得権集団はノムヒョンを大統領だと認めなかった。これらはDJも大統領としては気に入っていなかったが極右といわれるJPと連合してしまったため、悔しくても我慢するしかなかったし、何よりもYSが大統領をしていたので、YSと韓国近代史の双璧だった彼の執権を受け入れるしかなかった。








しかしノムヒョンの場合は違った。ノムヒョンのことは我慢できなかった。ノムヒョンは既存の韓国の政治の秩序である派閥を追うこともせず、初選議員のくせに聴聞会でチョンドゥホァンとチョンジュヨンに食って掛かった怖いもの知らずの政治人だった。人権弁護士とかいって労働者たちと親しくしていた人だ。大学?商業高校の出だ。故郷?TKは当然違うし、PKというにも微妙な、キムヘのボンハ村という田舎の出身だ。彼らの目に、ノムヒョンは作男だった。

DJはDJP連合により保守層を安心させたが、ノムヒョンは大選の前日、韓国最大財閥の首長の一人、チョモンモンジュンと(チョンモンジュン自らが我慢できず飛び出していったのだが)決別した。にもかかわらず、インターネット、携帯電話による'真夜中の突風'を起こすことで、DJに負けた雪辱を晴らすためにまた出てきたイホェチャンを再び敗退させつつ大統領の座を手にした。キョンギ高、ソウル法大を出た韓国保守の嫡子のイホェチャンが'商校出身'のノムヒョンに敗北し涙を流しながら政界引退を宣言する姿は、保守の恥辱だった。また、保守の源泉であり生命水に等しい朝中東、検察、ソウル大に堂々と立ち向かい、保守の心臓に等しい江南にまで手を出すという彼を受け入れることはできなかった。自分たちと対等であるかのように渡り合おうとする彼を決して認めることはできなかった。

'ノムヒョン無視'の白眉はチョンヨオクが言った'大統領は大学を出るべき'との発言だ。独特な考えで有名なチョンヨオクだとしても、大学を出ていない数千万の心境をわざわざ悪くさせることを厭わないほど、ノムヒョンを毛嫌いしていたことがわかる。それだけ多くの人々がノムヒョンを憎んだ。いや、無視した。

26日付<韓国日報>イソンチョル経済部次長のコラムは、'ノムヒョン憎悪'の没理性的側面をよく表している。ノムヒョンは特に企業が損をする政策を出したことも、規制を量産したこともなければ、目立つほど労働者の肩を持ったこともない。むしろ選挙のときは企業人たちが海外に逃避するほど露骨的強要がひどかった政治資金の圧迫から自由にさせてあげたので、感謝されるに値する。経済も特に問題なく機能した。それなのに企業人たちはノムヒョンを憎んだ。それである企業人に理由を聞くと、はっきりとした理由を答えられないのだ。

「特にこれといったことはありませんが、反企業的な態度といいますか、言動といいますか、そのへんが…。」

彼が追求したことは、不合理と不条理を取り除くことであり、不公正なゲームをする権力を崩すことだった。簡単だった。フェアプレイをしようというだけだった。そして地方の人々も人間なので、少しだけ分けてあげようということだった。しかしこの国の主流にはこのような常識は通じなかった。そうだ。この国の既得権集団にノムヒョンの政策や業績は重要ではない。ただ、田舎の隅っこで出てきて商校を出てきて司法研修員に通っていた頃は昼食を一緒に食べる友達もいなかった彼が'その場'にいるのがひどく気に入らなかったのだ。自分が飼い主のはずであって、作男が飼い主の座にいることを認める気になれなかったのだ。

恨みの政治だと批判しては、ノムヒョンに恨みを晴らした保守


ノムヒョンは退任したが、保守はそれすらも気に入らなかった。私たちの近代史で、ノムヒョンのように退任した大統領がいただろうか。故郷に帰り、万名以上の住民の前で「あ~気持ちいい」と叫んだ大統領がいたか。1人もいなかった。キムヨンサム、キムデジュンも任期末には子供たちが拘束される恥をかき、植物大統領になったまま青瓦台から退任する日を待ち、静かに出てくるしかなかった。また、人々が家の前に押し寄せてきて「大統領さん~」と呼べば出てきて一緒に笑いあい話し合う大統領がどこにいた。ありえない。その笑顔を、喜ぶ様子はタダじゃ置けないものだった。

保守は復讐に出る。彼は破廉恥だということを見せようと決め込む。もともと大統領の器ではなかったということを国民に見せ付けなければならない。あんなやつは大統領になるべきじゃなかったということを知らせなければならなかった。商業高校出の田舎者が、大統領になって欲に目が眩み、その家族も、もともと貧しかった人々が権力を握ると、分を弁えず狂いだしたことにしなければならなかった。自分たちにはむかった結果がどうなるかを、確実に見せ付けなければならない。

そして中央の保守は、地域の土着保守にも目にものを見せてやる必要性を感じた。それで'中枢部'という刀使いどもを従えた中央の保守は、地方の企業人たちに'誰でも'後援をすれば'こうなる'ということを確実に見せてやった。また、田舎で金儲けをしたからって、大統領と知り合いだからって中央の財閥オーナーたちと対等に渡り合おうとした田舎の企業家たちばかりを見せしめに監獄に入れ、分を弁えなければどうなるかをしっかり見せ付けてやった。

縄を解かれた検察は'一人だけを殴る'姿勢でこれらにばかり拘り、ノムヒョンが(文字通り)死ぬまで噛み付いた。保守言論らはまるで'ノムヒョン叩き'の歴史的使命を持ってこの国に生まれたかのように、これに邁進した。もちろん、国民もこの挙国的な雰囲気に協調した。そうすることでこれら既得権集団は、何よりも大統領のような場は、自分たちのようにもともと学閥があり、家柄も良い人々がやらなければならないということを、知らず知らずのうちに国民たちに痛感させてあげようとした。

自分たち同士で政治報復をしてきた保守


このように我が国の保守は人が成功することを見たがらない。それが特に卑賤な家柄の出身なら、なおさらそうだ。そして必ず報復する。わが国の政治報復の歴史を見ろ。誰が報復した。必ず持つ者らが報復した。前任大統領を流罪に処し監獄送りにしたのは誰だったか。ノテウは後継者に選ばれるために忠誠を誓い土下座までしたが、豹変し40年の友人である前任大統領チョンドゥホァンに恥をかかせ百潭寺へ送った。その後任のキムヨンサムもまた、チョンドゥホァンだけでなく自分の政治的野合の仲間だったノテウをどちらも監獄に送ってしまった。(嶺南の人々は、必ずどこかの人々を非難するときに、裏切りを頻繁にするというが、'裏切りの真髄'はどこの人に多かったのか考えてみてくれ)

韓国社会の非主流だったキムデジュン、ノムヒョンはそんなことをしていない。力比べの過程で前任者たちの手足の中の何人かは監獄に送ったりもしたが、前任大統領には手を出さなかった。ところでいま保守が再び政権をとったら、また報復を始めた。ノムヒョンは'血筋'が違ったのでよりひどくやられた。わが国の政治報復の歴史は保守同士が互いに報復しあった歴史だ。はっきり言えば、私たちが話す退任した不幸な大統領の歴史というのは、民政党から繋がるハンナラ党、つまり嶺南党の歴史だ。持つ者のほうがひどいのだ。

それなのにやはり保守の'口'たちが登場する。キムドンギル、チョガプジェ、キムジンホンのような元老につづき、最近'변듣보'の愛称で呼ばれる若い勇士まで立ち上がり、死んだノムヒョンにとどめをさしている。これが私たちの保守の過去、現在、未来だ。私たちの社会の和合がなされない理由は何か。このような人物らのせいだ。しかもムンチャングク<中央日報>大記者は「彼の死で私たちの分裂を終わらせることを提案」するという。葛藤の終止符を打とうという。ほかの新聞社でもなく中央日報の、それもムンチャングクがそう言っている。侮辱し、袋たたきにし、ボロボロになるまで斬りつけてから「少しやりすぎたようだ」といって和解しようという。ここまで卑怯な者たちが、私たちの保守だ。

保守はこのようにノムヒョンを大統領扱いはおろか人間扱いもしなかったが、実像はどうだ。彼はどこまで'悪い'大統領だったのか。彼は在任期間、すべての階層の国民に得をさせようとした。庶民大統領と知られ当選したが、大統領になってからはそうでもなかった。首都移転と地域均衡発展は、半分に達する地方の国民のために、イラク派兵と韓米FTAは新米主義者、企業人、中産層のために、反対側の支持を失いながらも進めた。イサンホ記者のXファイル事件もあったが、サムスンも無事だったし、<中央日報>のホンソクヒョン会長は駐米大使に任命した。むしろ、彼がある「一方」を決めなかったことが問題なら問題だった。

(後略)
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by no_kirai | 2009-06-12 20:38
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